山恋うる日々のつぶやき 2001年7月のつぶやき

このコーナーはテッちゃんが日々想う山に関する日記を綴ります。
日記という以上、毎日書くつもりですが抜ける日もあるかもしれません。ご容赦下さい。
皆さんの割り込みメッセージも歓迎します。


2001年7月25日 水曜日 午後 5:58:06

昨日の草津白根山は気持ちのいい山歩きだった。
天気といえば雲がほとんどなく、陽が照っていたのでかなり暑い思いをするかと思ったら風が涼しく汗もほとんどかかずにすんだ。
それに心配していた夕立もなく快晴の一日だった。
東京で38度を記録したと帰りの車のラジオで知った。もう、帰りたくない。
ほとんど観光地化している白根山は観光バスがひっきりなしに出入りしている。
小学生の遠足や観光ツアーが入り込んでその賑やかなこと。
それもほとんどは登山コースとは反対側の「湯釜」という火口にできた神秘的な湖の見学が主だった。
本白根山に向かうコースに入るとさすがに静かになって野鳥の鳴き声が聞こえる。
コマクサ、ヒメシャジンという高山の花が見事に咲いていた。
それは咲き乱れているといった方がいいかもしれないくらいだった。
本白根の最高地点まで行き、いったん引き返して周遊コースを辿った。
後半は樹林帯の中。
トンボや蝶が道を遮るように飛んでいた。
帰りは万座高原ロッジで入浴。草津の湯を堪能した。
ところで、このところ富士山、日光白根山、草津白根山と続いているがそれらが共通するものは何か。
「日本百名山」なのだ。
そういえば近頃、山の計画を妻が主導している。
その意図するものが何であるか? 
まさかね、私には興味はあってもその気はないし、どだい無理な話だ。百名山完登を目指すなんて…。

白根山の名所「湯釜」

2001年7月23日 月曜日 午後 5:21:49

まぁ、連日のこのクソ暑さはなんだ!
山沿いでは夕立があるそうだがうちの周辺では一滴も降らない。
せめて夕立があればす~っと涼しくなって気持ちがいいものなんだが。
町会の掲示板に近所の学校で「ラジオ体操」をやるとのお知らせが貼ってあった。
今朝から参加した。
記憶では、朝のラジオ体操の時間はまだ涼しく、気持ちがよかったものだ。
しかし、今朝は早朝からカンカン照りで暑いのなんの…。
体操をする前から汗びっしょり。
人と会えば「暑いねぇ~、参ったね」が挨拶になっている。
それも笑顔ではなく顔をしかめての挨拶なのだ。
道路を焼き付けるような陽を見ていると山が恋しくなる。
もちろん歩いているときは暑いのは当たり前だが汗を拭うときにさっと吹き抜ける涼風が気持ちいい。
ああ、山はいいなぁ。
明日は早起きして、標高2171mの草津白根山へ行くつもりだ。
歩く標高差155mという何とも私向きの山なのだ。


2001年7月19日 木曜日 午後 4:22:41

「奥白根へ行こうよ! 今、花が盛りでいいよ~」
津波克明さんが言った。
奥白根はかねてから行きたいと思っていた所なので行ける日を狙っていた。
17日に前夜泊することにして津波さんを誘ったが残念ながら日程が会わず次回の楽しみとなった。

初日は尾瀬によって鳩待から至仏山の登山道を少々登る。
鳩待峠は思ったより人が少なくシーズンの端境期なのかもしれない。
雲が怪しくなってラジオからガリガリ雷の音が入り出したので急いで戻った。往復1時間くらいだった。

早めに丸沼高原の「シャレー丸沼」へ到着。
風呂に入り、ビールを飲み食事をして8時前には寝てしまった。
朝食は7時、ゴンドラの始発は7:30。時間通り進めてゴンドラに乗った。
登山口では目の前に聳える奥白根山が朝日に頂上を明るく照らしていた。
今日はいい天気だ。しかし、必ず夕立がある。早めの行動が求められる。
数組の登山者と前後して登る。
休憩のとき、一人のおじさんがたばこの火を貸してくれという。
ライターが壊れてしまって火が着かないのだそうだ。予備のライターをあげたら「これは仏様みたいだ。登山中禁煙かとがっかりしたんです」と言っていた。
その人は昨日、戦場ヶ原にいたら天皇陛下ご夫妻がプライベートで来ていたという。
美智子妃殿下は通りがかりの人にも気さくに声をかけ、写真を撮ったりしていたと言うのだ。
登りは更にきつくなり、やがて森林限界へ出た。急に展望が開け、明るい青空が広がっている。
ザレ場を更に登るとまもなく頂上手前の神社に着いた。いったん下って登り返すと日光白根の山頂だ。
目の下には五色沼が山に挟まれて青い水をたたえていた。
山頂は岩ばかりで狭く団体に占領されていたので少し下ったところで休憩にした。
さて、下りのコースはどこだろう? 探すと山頂の反対側にこれが岩の直下行の下りだった。
登ってくる人たちもほとんど両手を使った岩登りのスタイルだ。登りも大変、下りもかなり急な岩場だ。
この辺りはハクサンシャクナゲの群生地だそうで、確かに白い花が斜面一面に咲き広がっていた。
岩、ザレ、ガレを抜けると眼下に見えていた弥陀ヶ池への分岐に着く。
弥陀ヶ池のほとりには大勢の学生がシートを広げて騒いでいた。
樹林帯に入り涼しい風を時たま受けながら気持ちのいい道を更に下る。自然林で本当に心が洗われる思いだ。
散策コースの入り口まで来たので七色平、避難小屋、血の池地獄、展望台などを回って下っていった。
七色平はその名の通り七色の花が咲いているのだろう今日は3色しか見えなかった。
そのとなりの避難小屋は何とも薄気味の悪い荒れた小屋だった。
血の池地獄、これには笑ってしまった。ただの水たまりじゃないか。むしろ周囲の雰囲気の方が不気味で早くその場を立ち去りたい気持ちになった。
次に展望台。ここは立木に囲まれて360度の展望というわけにはいかない、。僅かに燧ヶ岳、白根山などが木立の間から垣間見えるだけだった。(この時は既に雲がかかって見えなかったが)
そんな周遊コースを最後に楽しみながらゴンドラ駅へ帰ると雨がポツポツ落ちてきた。
絶好のタイミングであった。
山から降りてくるといつもつぶやく言葉がある。
「う~んやっぱり山はいい」

奥白根山登山口 AM8:09 同じ場所 PM1:53

2001年7月15日 日曜日 午後 1:22:59

推理小説「模倣犯」を読み出した。
これが面白い!
子供の頃には江戸川乱歩、少し大人になって松本清張、最近は山の本。それもサスペンスもの。
それぞれ年代に応じた小説を読んできたが、いわゆる「推理小説」の分野も最近は限界が来たようでこれといって評判になるようなものは見つからなかった。
トリックも貧弱な小細工では読者が満足しないし、本物の事件の方がよほど衝撃的だし、小説より奇なのだ。
だから推理小説も次第に衰退していったのではないか。
「模倣犯」は何かの書評で面白い、と書かれていたのが目にとまり上下巻を買っておいたのだ。
かれこれ1ヶ月も前に買ってあったのだがその厚さと2段組の文章、上下2冊になっているボリュームに圧倒されて読み始めるのに勇気が要った。
HPのCGIの設置やカスタマイズが何とか落ち着いたので2,3日前から読み始めた。
多彩な登場人物、その背景にある生い立ち。単に事件を追う刑事と犯人といった図式から大きくはみ出して現代の事件とはかくあろうと思わせるリアリティさなのだ。
連続殺人事件にバラバラ死体。迫力ある事件の展開。
超長編を飽きることなく読ませる筆力は大したものだ。
さて、また新たな死体が見つかって事件の行方はいったいどうなるのだろう。
久しぶりに面白い小説にお目にかかった。

小説「模倣犯」 「模倣犯」上下巻 宮部みゆき

2001年7月11日 水曜日 午後 3:24:47

そういえば未だ富士山に登ったことがなかった。
富士山は見る山で登る山ではない、などと生意気なことを言っていたのだが、そうはいかなくなった。
山を歩いていると言うと、人は「富士山登った?」と必ず聞いてくる。
また、山をやっていない人でも富士山だけは登ったことがある人が多い。
と言うわけで昨日は富士山に行ってみた。
とりあえず観光気分で富士スバルラインを使い5合目まで行き、その様子だけでも観てこよう、ということだった。
平日とあって5合目の駐車場は充分余裕があった。
上の駐車場に車を止めると掃除をしていたおばさんが下の方が空いているよ、と教えてくれた。
一応、山の支度をして歩き出したのは10時少し前だった。とにかく観光だからゆっくりなのだ。
行けるところまで行って弁当を食べて帰ってこよう。
プラプラ歩いていると佐藤小屋への分岐。ここを右に入って登山道へ。
やがて6合目に着いた。10時40分だった。
若い男の子が安全登山のチラシを配っていた。その上が穴子屋。
その先は広い砂礫のジグザグが延々と続いている。
これ、富士山だと思うから歩けるのでそうでなければいやになる道だ。
終始薄曇りで時折ガスが上がってきて冷たい風が気持ちいい。
炎天下だったらとっくにバテていたかもしれない。
さすがは日本の象徴フジヤマ、外国人の多いこと!。
一転、溶岩の岩場が出てくるとはじめの小屋「花子屋」だった。
それから次々と小屋が現れて鎌岩館というところまで行った。
小屋の若いスタッフが昼寝をしていた。
「ここから下山道の分岐までどの位かかります?」と聞いた。
「1時間ちょっとですね」
「ここは標高どの位?」
「2790mです。その上の富士一館がちょうど2800mです」
2800mまで行ってみようか。でもなんか面倒くさくなった。
じゃぁ、この辺で引き返そう、となって昼飯を食べてから今来た道を降りることにした。
頂上は晴れていたし、夕立の心配もない。
明日もこの天気が続きそうだ。
このままゆっくりと登っていけば頂上近くまで何とか行けそうな気がした。
よほど、明日の仕事を臨時休業して一泊しちゃおうかと思ったくらいだった。
安定した天気で人も少ない。富士登山でこんなチャンスは滅多にないだろう。
ちょっと後ろ髪を引かれる思いで雑踏の5合目に降りてきたのだった。

途中で見かけた野鳥。
人慣れしているのか逃げない。

2001年7月7日 土曜日 午後 5:28:47

昼にすしを食べたくなって近所の回転寿司に行った。
客は五分の入りだった。
奥に空いている席があるのに店員の若い女の子は両側が客でいっぱいの一つしか空いていない席を案内した。
窮屈だなぁ、と思いながら席に着いたとたん隣のおばさんが湯飲み茶碗を倒した。
一瞬の出来事だった。
私はとっさに飛び退いて難を逃れようとしたが遅かった。
お茶は私のズボンと足を濡らした。
おばさんは「あら、ごめんなさい」と言いながらカウンターを拭きはじめた。
職人さんがこれをお使いなさいと、紙タオルを出した。
おばさんはそれを受け取ると今度は床を一生懸命拭き始めた。
私の濡れたズボンのことはまったく眼中にない様子だ。
「あら、ごめんなさい」と言ったのは店に対して言った言葉で被害者の私には目もくれなかった。
仕方なく私も紙タオルを貰って自分でズボンを拭いた。
店員がこちらへどうぞ、と私をすいている席に移動させた。
はじめから余裕のある席に座らせればこういったことは起きなかったろう。
それに最後まで謝るということをしなかったおばさんには腹が立つよりあきれてしまった。
こういった中高年が居たんじゃ若い者にまともな教育はできないな。
そんなことを考えながら七皿も食べてしまった。


2001年7月4日 水曜日 午後 5:09:39

梅雨が明けたんじゃないかと思うくらいの猛暑が続いている。
このまま行くと水不足のニュースが流れるかもしれない。

日の出山の「案内犬」についてメールを頂いた白井さんに経過をご報告した。
頂いたその返事の中に偶然とはいえ私が登ったその日に白井さんも日の出山に行っていたのだそうだ。
メールの一部をご紹介します。(一部固有名詞は変えてあります)
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 お便り、有難うございました。シロのこと、残念でした。私のお節介が、しなくていい悲しい思いをする結果につながってしまったようで、お気の毒でした。

 ところで偶然と云うものはよくあるもので、26日、テッちゃんご夫妻と私はニアミスをしていたようです。
と言うのは、一昨日、私もそろそろ「登山犬」の写真を撮るなり、現住所を突きとめるなりしなくてはと思い、日の出山に向かったのです。
 よく利用する、日の出側のつるつる温泉近くの滝本という登山口から入り、山頂に着いたのが12時過ぎ、
暫く汗を拭いたりしていましたが、登山犬の現われる気配はなし。
 時間に大分余裕があったので、当初の思惑どうりに御岳に向かいました。

 この道を歩くのは10年ぶりぐらいだったでしょうか、耕作地を過ぎて間もなく、最初の宿坊らしきものに行き当たりました。1時半頃です。
 「犬」の張り紙が何枚もありましたが塀で中は見えず、玄関までも距離がありそうです。
 宿坊の人からすれば私はまさしく招かれざる怪しい侵入者。更に馬鹿馬鹿しい私の侵入(?)目的。
 少々ためらった後、塀の内に心を残しながらも、地元の情報提供者が道に出ていないものかと先に進みました。

 すると運のいいことに、2,3件先の門のすぐ内で洗い物をしている女性を見つけました。
 犬の件を聞いてみると、やはりさっきの宿坊が怪しい(?)ことがわかりました。
 早速来たばかりの道を戻って、宿坊を訪ねました。
 庭を少し進むと、玄関のまん前に1ヶ月ほど前に山頂で会った犬が寝転んでいます。

 立ち上がるのもおっくうな様子で、前回に較べると急に老け込んでしまった感があります。
 去年会った犬は本当にこの犬だったのかなと疑念さえ湧いて来ます。
 気がつくと玄関の右の方に犬小屋があり、その中にも犬が居り、そちらのは去年の犬はこんなだったのではと思われるような茶色なのですが、どうも小さ過ぎるようで、人相(?)も去年の犬とは明らかに違います。
 結局は目の前にいる覇気の全く感じられないようなこの白い犬が去年の犬なのだと、自分に言い聞かせるような気分でした。
 奥から出て来てくれた宿坊の女性に、
「 犬の写真を撮らせてください。」と声をかけますと、
「 今日は珍しい日ですね。先程もご夫婦が見えてワンちゃんの写真を撮っていきましたよ。」との話。
 インターネットで「案内犬」が有名になって(?)人が訪ねてくるようになったのかな。
 いやそれよりテッちゃんがいらっしゃったのかな。
 だとしたらよくまあ同じ日になどと思いをめぐらせつつビデオカメラを取り出しました。

(中略)

 またまた長い文章になってしまいました。
 メールとホームページを拝見して、くしくも同じ日に同じ宿坊を訪ねた偶然をお伝えしてみたくなった(子供のようですが、)のと、私が行った時はいなかったらしい「第三の犬」(アカ)こそ私の印象に最もに残っている登山犬であるらしいこや、更に去年の登山犬と1ヶ月ほど前の登山犬が別人(?即ちアカとノラ)であったことなど、一気に頭の中のモヤモヤ(取るに足らないことではありますが)が氷解したお礼を言いたかっただけなのですが。

(後略)
                                    白井 
 6月28日
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今度、日の出山へ行ったときは「案内犬アカ」を連れて登ろうかな、と思ったりしている。


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