岩木山(1625m)

 

 【日 時】 ★2006.5.2(火)

 【山 域】 ★青森の山 岩木山(1625) 

 【地 図】 ★山と高原地図 「八甲田・岩木山」

 【天 候】 ★雨のち曇り

 
 【行 程】 ★8合目−−リフト9合目〜岩木山〜リフト9合目  

所要時間
地名 到着時間 出発時間 所要時間 休憩時間
リフト九合目   11:43   
岩木山(1625) 12:35 12:41 0:52 0:06
休憩 13:00 13:10 0:19 0:10
リフト九合目 13:55 13:55 0:45  
       
合計     1:56 0:16
総合計     2:12


「南・北八甲田縦走と岩木山」というツアー広告が目に入った。
 八甲田山、岩木山ともにあこがれの山だし、なかなか行けない南八甲田も日程に入っている。  
こりゃ、行かないと後悔する。
速攻で申し込んだ。

あとでよく見ると、サブタイトルに「登山教室・雪山技術講習」とあった。
きっと体力を使う厳しい訓練があるのだろうか?
単なる登山ツアーではなさそうだ。ついて行けるだろうか?
不安がよぎった。
しかし、既に申し込んじゃったあと^^;

不安と期待を胸に青森空港に降り立った。
バスに乗り込むとそのまま岩木山スカイラインに向かった。

外は霧雨が降っている。
山岳ガイドが言った。
「登山教室なのですから早速講習を行います」


バスの中で講習がはじまった。 シュリンゲ・細引きの結び方と使い方。
雨具を付けて出発準備。 ゴンドラ乗り場へ。
大館鳳鳴ヒュッテが眼下に。 大館鳳鳴ヒュッテの建立の由来。

昭和39年1月、本州北端の津軽富士で高校生たちの悲劇が発生した。
「空と山のあいだ―岩木山遭難・大館鳳鳴高校生の五日間」という本を読んだことがあった。
高校生が4人死亡、一人が生還した痛ましい遭難事故だった。

彼らは毎年大晦日に岩木山に登るのが恒例になっていた。
この日は吹雪で道を失い日本海側へ降りてしまった。

人家もなく5日もの間白魔の中をさまよい、ついに4名が大鳴沢の雪中に散った。
生き残った一人はなぜ生還できたのか。
彼だけがおじいちゃんから借りた「ラクダの股引」をはいていたからだという。

ここに避難小屋があれば二度とこんな悲劇は起こらないだろう。
そんな思いの結集が昭和40年9月「大館鳳鳴ヒュッテ」の建立となった。


9合目から歩き出す。 雨はやんだがガスが立ちこめている。
樹氷がきれいだ。 山頂に到着。
雨がやみ青空が広がった。 大館鳳鳴ヒュッテの前付近。

ゴンドラ9合目から山頂までは30分の距離。
1時間あれば往復できてしまう、最短距離のラクチンコース。

山頂に着くと、待っていたかのように空が明るくなり周囲の展望が広がった。
あこがれの岩木山山頂、感激の瞬間だ。

岩場でロープを使う練習をしながら下る。

雪と岩の混じった箇所が多かったがおおむね歩きやすい。
夏は結構暑いそうだ。

さて、この日の泊まりは「酸ヶ湯温泉」
山小屋に毛が生えたものかと馬鹿にしていたらとんでもない。
れっきとした温泉宿なのだ。

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