電車に乗っても職場でも一日の内で、山を想わない時はない。
昨日の反省、次回の山行、印象深いあの山この山。
心の中はいつも山がついてまわっている。
このコーナーはテッちゃんが日々想う山に関する日記を綴ります。
日記という以上、毎日書くつもりですが抜ける日もあるかもしれません。ご容赦下さい。
皆さんの割り込みメッセージも歓迎します。
1999年05月31日 月曜日
早いもので5月も今日で終わり。今年もはや前半が終わろうとしている。
明日は戸沢から表尾根を歩く予定。下りに天神尾根を使い周回コースだ。
お天気は何とかもちそう。今日は早く寝なくっちゃ。
1999年05月30日 日曜日
トレッキングシューズを買った。
いままでいろいろ靴屋や山屋を探してみたがどうもピンとこなかった。
何気なく蒲田東口の某靴の安売り店を覗いたら、あった、あった底の刻みが深く踵とつま先もしっかりしている。その上テーマだったくるぶしの部分が柔らかくつぶれるようになっている。
これならザックに入れてもかさばらないし、軽いので普段でも履ける。
メーカー品で値段が張ったのは痛かったが…。
1999年05月29日 土曜日
暑くなく寒くなくしのぎやすい天気が続いている。
「神々の山嶺」を読み終わった。一週間以上も前だったが。
読後感だが、う〜ん、なんて言ったらいいんだろう。正直あんまり感動が伝わってこなかった。
作者は全精力を使い切ったと書いてあったが、小説とは読む人によって感じ方が違うので作者の意図がそのまま読者に伝わるとは限らない。なかなか難しいものだ。
構想20年、書き終わるまで4,5年の歳月を要したそうだ。それだけの価値はあったと思う。
1999年05月28日 金曜日
夢を見た。
どこかの山小屋にいる。外に出ると小屋の人が周囲を案内するといってなんと、自転車に乗って急坂を一気に下っていった。追いつけない私はそのあとを歩いていく。
だだっ広い砂礫の山で、大きな岩が所々盛り上がっている。
周りには大勢の登山者が思い思いに談笑していた。
私は小屋に戻った。小屋にもたくさんの人がいたが、その中から一人の顔見知りを見つけた。
女性だった。声をかけようとしたところで目が覚めてしまった。
あの女性、美人だったなぁ。
1999年05月27日 木曜日
なんだ、かんだとバタバタしているうちに3日間も日記をさぼってしまった。
5/25には仏果山に行って来た。軽いハイキングのつもりがけっこう歩きでがあって、充実した山行になった。山ヒル注意の看板にはビックリした。
仏果山から半原に降りて高取山まで登り返した。鉄塔の上で元気なおばさん4人組と出会った。「どこから来たの?」とおばさん。
「こういうふうに一周してきた。この登りはきつかったね」と私。
「あら、その割にはあなた、涼しい顔して上がってきたじゃない。さっきあそこにいたオジサンなんか這いつくばるようにして登ってきたわよ、着いたとたん倒れそうになってザックを投げ出してたわ」といった。余裕があるように見えるのかなぁ。喜ぶべきか、悲しむべきか。
昨日は掲示板を修正した。AKIさんに来てもらって直したのだ。
最大100件まで記録し、50づつ2分割できるようにした。更にURLの表示位置を変えたりしたので見やすくなった。
もう一つ、機能を追加したいところがあるが次回の宿題だ。
1999年05月23日 日曜日
今日はいい天気だった。山は満員だったろう。悔しいッ!
朝刊に「山中に17日間、不明の59歳男性救助」の記事があった。
志賀高原岩菅山(2295)で下山中道に迷ったらしい。
持っていた2本のマヨネーズを少しずつ食べて飢えをしのいでいたという。
よくマヨネーズを2本も持っていたね。あれってけっこう重たいよね。よくもご無事で(^o^)/
1999年05月22日 土曜日
今度の休み、つまり火曜日。どうもお天気がイマイチなようだ。降水確率50%、降る量はともかく、どうせ山に行くなら雨は降ってほしくない。檜洞へ行こうと思っていたが、行き先を変更して近場のハイキングにしようかなぁ。
「神々の山嶺」は下巻の中盤にさしかかった。
羽生丈二はかつてパートナーを組んで宙づりになって死んだ男の妹との愛を捨て、シェルパとして身を隠し、密かに企てていたことがある。
それは、エベレストの南西壁冬期無酸素単独登頂だ。
羽生はその訓練の時、8100m地点でマロリーの死体の脇でビバークした。
ネパール側の北東稜だった。マロリーのカメラはその時に見つけたものであった。
羽生の南西壁冬期無酸素単独登頂を追う深町はベースキャンプで彼が来るのを待った。
と、まぁこんな訳で佳境に入ってきたところだ。けっこう読ませてくれる小説だ。
1999年05月20日 木曜日
とんぼちゃんこと、檜洞丸、青ガ岳山荘のHPに掲示板が付いた。
とたんに大にぎわい。とんぼちゃんのファンが多いことが分かる。
表の歩荷もどきさんだって西の檜洞に行っちゃうんだから。檜洞の引力が強いのかな?
数年前まで、丹沢っていうところは奥深くてチュウコウネンなんて行けないところ、という先入観があって敬遠していたが大きな間違いであることが分かった。
いいねぇ、丹沢って (^o^)/
1999年05月19日 水曜日
シダンゴ山はその名前から何とも胡散臭い山だと思っていたらなんのなんの、とってもいい山でした。登りはけっこう急登だったが頂上は360度の展望。蛭が岳から丹沢山がよく見えた。
平日でも5組の人が登ってきていた。ラーメンを作って日溜まりのお昼寝バージョン。
宮地山へ下る尾根道も歩きやすく自然を満喫することができ、久しぶりのゆっくりハイキング。
歩き足りない気がしないでもないが、こんな山行も良いかもしれない。
1999年05月17日 月曜日
明日の休日は寄のシタンゴ山に行って来ます。
正式のハイキングコースで、たまにはこういったのんびりハイクも良いんではないかと思う。
「たまには」ではないね、しょっちゅうだね(^
^ ;;;
今読んでいる「神々の山嶺」だけど、もうすぐ上巻が読み終わりそうだ。
羽生丈二というはみ出し登山家がカトマンズでGマロリーが持っていたコダックのカメラを手に入れたらしい。フィルムを現像すればマロリーがヒマラヤで遭難したのが登頂の後だったか、登頂前だったのかの登山界の永遠の謎が明かされるという。
深町という山岳カメラマンが羽生を追ってカトマンズに飛ぶのだ。
簡単に言ってしまえばそういうことだが、いろいろな登攀のエピソードなどを取り混ぜて物語は進行していく。つい、引き込まれて読み進んでしまう。
1999年05月14日 金曜日
朝、窓を開けるとカーテンを押し上げて気持ちの良い風が入ってくる。
外は早くも眩しいくらいの陽光が道路を照らしている。
こんな日は目覚めもいい。一日頑張れるような気がしてくる。
昨夜は床の中で本を読んでいたが、酒が利いていつの間にか寝てしまったようだ。
1999年05月13日 木曜日
初夏の何ともかったるい陽気。こういう日は身体もかったるくて何もする気がしない。
仕事をさぼって床屋に行ったが爆睡してしまった。
注文していた本が入った。夢枕獏の「神々の山嶺」だ。上下巻に分かれた分厚いものだ。
物語の内容は分からないが時間をかけてゆっくり読むことにしよう。
1999年05月12日 水曜日
昨日は休みだったので宮ガ瀬湖にドライブした。
先日、沢に行ったとき通った道でこの辺は初めてだったし良い雰囲気がしていたからだった。
ところが宮ガ瀬湖に着く前に雨が降り出し、だんだん激しくなってきた。おまけに雷まで鳴り出した。
仕方なくそのままUターン。インターの近くでそばを喰って帰ってきた。
せっかくカメラを持っていったのに…。
1999年05月10日 月曜日
昨日、Tさんと矢駄沢に行った。滝が次から次へと出てくる長〜い沢。水が切れてからも長〜いガレ場の急登。なんと言っても私にとって本格的な沢初体験なので緊張の連続。尾根に出たときはホッとした(^
^ ;
銭湯で湯船に浸かったら腕がヒリヒリする。腕の裏を見ると女の人が爪で引っ掻いたような傷が幾条も付いていた。岩や木の枝で擦ったあとのようだ。
腕だからいいがこれが背中だったら問題だよね。なんこっちゃ(^
^ ;;;
Tさんお疲れさまでしたm(_ _)m また宜しくね。
1999年05月08日 土曜日
このところ好天気が続いている。なにか仕事をしているのがもったいないみたい。
明日は、Tさんに誘われて裏丹沢へ沢登りに行く。初めての本格的な沢なので少々緊張気味。
ザックの中を整理して、今夜は早く寝なくては。
1999年05月06日 木曜日
昨夜、久しぶりに銭湯に行った。今日から仕事なので気分の切り替えをするためだ。
忘れていたが、昨日は5月5日の端午の節句。菖蒲湯であった。
昔は湯船に菖蒲がいっぱい浮いていてかき分けて入った記憶があったが、今は穴の空いた袋に入れてひもでくくりつけてある。香りもしないし、何とも風情がなくなった。
湯上がりにタイガーバームを塗りたくって爆睡した。今朝は筋肉痛が取れて調子がいい。
1999年05月05日 水曜日
雨上がりの上天気。まるで初夏の陽気だ。
山行の後遺症で筋肉痛がひどい。太股の前の方の筋肉(なに筋っていうのかな)が特に痛い。
あの程度で筋肉痛になっていたんじゃもうだめだ。自分では若いと思っていても身体はとうに中高年。
トシだね。あまり無理はできない。
さかいやスポーツに行った。Tシャツやズボン、ヤッケなどのバーゲンをやっていた。
床に置いてある段ボールの中身が全部大特価1980円。ガサゴソ探ってみると9800円の山用ズボンがあった。試着するとこれがなかなかいい。Mだったが無理してはけないことはない。ポケットにはチャックが付いているし、伸縮性も抜群。これは買いだとレジへ持っていくと「すいません、これは特価品ではなく上の棚から落ちたやつです」といって、ハンガーに吊してしまった(o
o;)
結局、地図を入れる透明のビニールケースを一個だけ買って帰ってきた。560円。
1999年05月04日 火曜日
昨日は檜洞丸へ登った。朝4時に家を出て西丹沢自然教室を歩き始め6:30。
急登、急登の連続で、いつも軟弱ハイクしかしていない私には「頂上まだか〜!!!」状態。
鳥の鳴き声と新緑の美しさに励まされ、とうとうあこがれの檜洞丸へ。
すぐに、下にある青が岳山荘へ行き、山荘HPの「とんぼちゃん」にお会いした。
ラーメンを頂き、改修した山荘内を見せてもらったりして短い時を過ごす。山荘前でツーショットも。
小1時間ほどでお暇したが、祭日とあって忙しそうだった。
私はといえば、石棚山を経て箒沢へ。何とも思いで深い西丹沢デビューの日であった。
「そこに山があるから」のジョージ・マロリー氏の遺体が75年ぶりにエベレスト山中で見つかったという記事が出ていた。氷点下という温度とはいっても75年前の遺体がねぇ。この人が登頂後に遭難したのか登頂前だったのかによってエベレスト初登頂の歴史が変わってくるらしい。その辺は永遠のなぞなのだそうだ。
今日は雨。夜は大荒れになるらしい。昨日のうちに山に行って良かった〜(^o^)/
1999年05月02日 日曜日
明日はいよいよ檜洞丸だ。天気と時間によっては自然教室までピストンにするかもしれない。
青が岳山荘に寄ってご挨拶をしなければ。
掲示板、何とか形になったがまだ手直し部分があるのでもう少し時間がかかりそう。
1999年05月01日 土曜日
掲示板をいじっていたらパンクしてしまった(^
^ ;;;
書き込みをしてくれている方には申し訳ありませんが暫くお待ち下さい。まもなく回復させるつもりです。
昨日、今日といい天気だねぇ。雲一つない青空が広がって気持ちがいい。
3日に檜洞丸へ行くことにきめたが、この日辺りから天気が下り坂になるようだ。何とかもってくれるといいのだが。